私が大学を卒業して、歯科医師として臨床を始めたころは、歯科治療とは保険治療のことだと思っていました。
そして、日本の歯科保険治療が世界的にもスタンダードであり、保険治療をきちんとすることが質の高い歯科治療を行うことであって、患者さんの利益になると思い込んでいました。
しかし、諸外国の歯科事情のことを知ったり、見聞を広めていくにしたがって、日本の歯科保険治療は、世界的に非常に特殊なもので患者さんの利益にならないということが分かってきました(一部保険治療でも大丈夫なものもあり、すべてではない)。
普段の診療では、このことを患者さんに伝える機会がほとんどないため、ここに簡単に記述しておきます。
新神戸アート歯科・矯正歯科が、なぜ今の診療体系になったかの理由の一部がここにあります。
ご理解いただければ、納得して受診していただけると思います。
1.メインテナンス・予防の受診率が低い
歯科の2大疾患は「むし歯」と「歯周病」です。
この2つの病気の多くは「予防によって発症を防ぐことができる」ことは世界の常識になってきています。
ですから、歯科医院で受ける定期的なメインテナンスは先進諸国においてはもはや当たり前のことになっているのです。
ところが、日本においてはメインテナンス率が非常に低いままです。
(アメリカ・スウェーデンで約8割。日本は約2割。ライオン株式会社資料より)
なぜ、このようにメインテナンス・予防に対する関心が低いのでしょうか?
「事前的モラルハザード」という言葉があります。
これは「自己負担率が低い保険に加入している場合、疾病時の経済的リスクが低くなるため、費用がかかる予防行動をとりにくくなる」ことです。
これは、欧米のいくつかの実証研究で証明されています。
日本の歯科保険の弊害の一つはこれです。
「痛くなった時だけ歯科医院へ行く」行動が普遍的になっている現状です。
そのことによって、
・日本人は米国の最も低い所得層よりも歯科医療機関への受診率が低い
・現在の日本では、よほど適切な情報や医学知識がなければ、予防の価値を過小評価する可能性が高い。
ということになってしまっています。
口腔内の健康が全身の健康につながるというエビデンスが日本でもとれたので、今後は保険体系も変わってくるかもしれません。
ただ、それがいつになるかわかりませんので、意識の高い方はできるだけ早く正しい行動を起こしてください。
これからの歯科医院は「治療」ではなく、主に「メインテナンス・予防」をしに行くところです。
2.応急処置的な姑息治療
以前から私は、日本の歯科保険診療は本質的には「応急処置」であると言ってきました。
しかし、東京医科歯科大学の総山教授は、日本の歯科保険診療は「姑息治療」であると言っておられるのを先日知って、なるほどと思いました。
現在の近代歯科医学の水準に沿う合理的な治療を「正則治療」といいます。
しかし、社会や患者さんの衛生知識が乏しかったり、経済力が低かったり、歯科医や患者さんに時間的余裕がなかったりすると(昔の、ほとんどの日本人が虫歯だらけだった「う蝕の洪水」といわれた時代はこれでした。)、正則治療のレベルよりは劣るが、当面の経済的あるいは時間的負担の少ない、間に合わせの治療が行われます。
これを「姑息治療」と言います。
姑息治療では、患者さんの当面の苦痛を除くことが主な目的なので、必要最低限の機材や材料で治療されます。
つまり、応急処置に近い治療内容なのです。
したがって、このような治療では長期的な効果が期待できないばかりでなく、予防的配慮にも十分に払われてないので、日にちが経つにつれて病変が進行したり、再発することが多いのです。→再治療が多い。負の連鎖でどんどん歯が無くなる。根尖病巣が多い。
これに対して、正則治療では、苦痛を除くだけでなく、その原因となる疾病の除去が行われ、機能の完全な回復を図ります。
そしてその時に、その周囲から虫歯が再発したり、その他の疾病を継発しないよう、予防的配慮が払われます。
その際には、最善の治療法を最高の機材と材料を使って行われる。
つまり、その担当歯科医師が自分の持っている知識と技量の最高のレベルで治療するのです。
歯科治療は本来そうあるべきで、日本以外の先進国ではすべてそのように行われています。
つまり、保険診療は痛みを「とりあえず」取り除くことや、「とりあえず」応急的に噛めるようにする治療なのです。
言い換えれば、虫歯が多くてひとまず早く応急処置が必要な方向けの治療なのです。
日本も先進国といわれて久しくなりました。もうそろそろ先進国の国民らしく、様々な領域での意識レベルを上げていき、口腔に関しての意識も上げる時代になってきているのではないでしょうか?
口腔の健康に対する意識の高い方は、仕事や人生でも成功される方が多いという結果が様々な国の調査から明らかになっています。
3.低品質な材料
日本の保険だけでしか使っていない材料があります。 その一部を挙げると、いわゆる銀歯に使用されるパラジウム合金や土台に使用される銀合金です。 パラジウム合金に含まれるパラジウムは金属アレルギーの原因になるので、海外では使用を禁止されています。
銀歯の近くでよく見られる扁平苔癬(前がん病変)
土台に使用される銀合金は口の中に入れると数時間で錆びてきます。
錆びると漏洩を起こして細菌が根の中に入ってきて、根の先に膿ができます。
また、溶けた金属が歯ぐきに浸み込んで、歯ぐきが黒くなり残念ながら一生涯消えません。 これをメタルタトゥー(金属の入れ墨)といいます。
先進国ではこのような材料を歯科治療で使うはずがなく、日本の保険診療だけで今でも使われています。
ここにも日本の保険診療は「姑息治療」であることが分かります。
このようなことは他にもたくさんありますが、ここでは書きません。 (最近、保険でも白い歯が入るということですが、これも姑息治療です。このことは、また別の機会に書きます)
数十年先の、私たちの何世代か先の子孫がこのような時代があったことを知ると「なんて野蛮な歯科治療をしていたのか!」と思う日が必ず来ると思います。
4.安い治療費
治療費が安いことは、一見患者さんにとってはいいことのように思えますよね。
しかし、このことはかえって患者さんのお口や全身の健康を害することになっているのです。
まさに、仏教でいう「小善は大悪に似たり」です。 やはり常識的な治療費であることが重要であり王道なのです。
ではいったい、国際比較してどれくらい治療費がかけ離れているか見てみましょう。
上の図は、ほんの1例で根管治療の比較ですが、そのほかの治療費もすべて1/10以下です(ほかの治療費に関しては別の機会に)。
これで欧米などの先進国と同じ治療の水準を望めるのでしょうか?
では次に日本より経済発展の時期が遅かった東南アジアの国と比較してみます。
少し古いですが、分かりやすくマクドナルドのバリューセットとの料金比較も並べている資料があったので見てみましょう。
日本のマックスバリューの値段は一番高くて、日本の歯科治療費は1/10以下となっています。
皆さん意外に思われるでしょうが、これが現実なのです。
ただし、このデータは今から14年前のものです。
皆さんご存じかもわかりませんが、日本は世界で唯一、この20年間で経済成長しなかった国です。
比較している国々は、この14年間でかなり経済成長をしているので、物価もかなり高くなっています。
フィリピンやマレーシアでは物価が倍近くになっていますので、そうすると大臼歯の抜髄治療費は約10万円ぐらいだと予測できます(アメリカでは今は20-30万円)。
つまり、日本の治療費は東南アジアの国と比較しても1/20ということになります。
ところで、世界標準の根の治療はどのようなものなのでしょうか? いわゆる歯の神経の治療ですね。
・1回の治療の予約時間は約1時間半から2時間。ただし、2-3回で終わる。 (日本の保険診療では1回15分から30分、長ければ10-20回かかる)
・CT、マイクロスコープ、ニッケルチタンファイルは必須。
・治療の予後を大きく左右するのは土台の精度なので、ファイバーコアも必須。 (日本の保険診療ではお口の中で数時間で錆びる金属を使用する)
このように、十分な時間をかけ最善の治療器具を使って行うので自然に10万以上の治療費になってくるのです。
(根管治療の最後に、根管の中に入れる薬の費用だけで、当院では1万円以上かかっています)
日本の保険診療が諸外国から見ても「異常」なのがお分かりになられましたか?
それでは、低コストで質の低い歯科医療を受ける皆さんにはどのような害があるのでしょう? 列挙してみます。
・虫歯の再発を繰り返すので、治療回数が多い。資料回数は先進諸国の約3-4倍。そして治療すればするほど、次々に歯が無くなる。
・根の先に膿ができやすい(根管治療の9割以上が再治療)ので、心筋梗塞、脳梗塞、ガン、糖尿病、リウマチなどの全身疾患にかかりやすい。
・体に良くない金属を使用しているので、アレルギーになりやすい。
・常に口の中の金属に電流が流れているので、いわゆる不定愁訴(肩こり、頭痛、疲労感、めまいなど)になりやすい。
・予防に対する意識が低くなる。
・低い受診率(米国の最も低い所得層より低い)。
・お口の健康意識が低くなる。
・その結果、お口や全身の健康のレベルが低くなると同時に、生活の質が低くなる。
などなど・・・・・。
このように、歯科治療費を節約することは、結果的に全身の病気のリスクを高めます。
その結果、その人が生まれもっている能力を最大限に発揮できずに人生を終える可能性が高くなります。
歯科治療費を節約することによって、前へ進もうとしている皆さんの人生にブレーキをかけてしまうことになるかもしれません。
つまり、歯科治療費を節約するという短期的には金銭的にトクしたように思える「小善」が、実は長期的には健康を害することになり、その人の能力を最大限に発揮できず、全開で人生を生き抜くことができないという「大悪」という結果を招くことになるのです。
まとめますと、日本の歯科保険診療は
1. とりあえず痛みを取ったり、とりあえず噛めるようにする「応急処置」であり「姑息治療」である。
2. 体の健康に良くない材料を使っている。
3. 「応急処置」であり「姑息治療」であるので、「正則治療」に比べて治療費が格段に安い(約1/10)。
4. 多数歯う蝕の方や、所得の低い方向けの応急処置的な治療
先進国では「むし歯や歯周病は本来まれな疾患である」という認識が一般的になってきています。
ただし、「正しい予防をすれば」という条件つきです。
是非とも正しい予防を実践されて、「治療がゼロ」の状態を維持していってください。
不幸なことにもし虫歯や歯周病などの歯科疾患になってしまったら、迷わずに「正則治療」を受けてください。
なぜなら、長期的に見れば、それは皆さんの全身の健康を守ることになるからです。
つまり、正則治療に支払う治療費は「コスト」ではなく、質の高い人生を送るための「投資」なのです。
|
正則治療 |
姑息治療 |
どこで? |
先進諸国(欧米や東アジアなど) |
日本の歯科保険診療 |
治療の成功率 |
高い |
低い(あくまで応急処置) |
検査 |
精密検査(一口腔単位) |
最低限の検査(一歯単位) |
予防 |
徹底した予防 |
予防という概念はない(本質的には) |
再発 |
しにくい |
しやすい(負の連鎖) |
材料の安全性や耐久性 |
最も高い安全性と耐久性を追求 |
低い安全性と耐久性(応急処置) |
全身の健康との関係 |
考慮する |
考慮しない(局所的) |
治療費 |
世界的に標準的な額 |
世界標準の1/10以下 |